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 オーディション企画

雨宮 × 瑜伽( 3/2 ~ )

瑜伽 心音

傷ついて、乗り越えて、強くなって。汗を流し、涙を流し、成長する。それが3A8FB7のエンタメとして求められるものなのだろうな、とは思う。努力神話ではないけれど、うら若い彼彼女らに優劣をつける要素が含まれている時点、此方は見世物で間違いないのだ。動物園じゃないんだからさ、と言いかけて、うらね達は自ら檻に入って、見世物上等、折角なら一泡ふかせてやろう、としていることに思い至った。足がすうすう、と空を漕ぐ。バカだなあ。みんな。その、〝みんな〟には勿論うらねも含まれているのだけれど。自ら消費されることを望むような、行き急ぐような。まるで、自分の体が消耗品であることを知っているみたいだ。うらねはそれを理解している。個人とは唯一無二の存在であるが、等しく〝若さ〟という才と、死という終わりを持っている。うらねには、自慢じゃないけど時間がないんだ。うらねの愛するうらねの潤った感性をいつまでも持っていられたらいいのに。変わってしまうのだろうか。大人になりたくない、とは叶わない願望であった。
明確な定義がないとは言え、いつかきっとぜったい、うらねも大人になってしまう。子供と大人の境目の、グラデーションでまだ大丈夫まだ大丈夫を繰り返していたら、いつの間にか大丈夫じゃなくなって。あの頃はよかったあの頃はよかったあと繰り返しているんだね。悲しきかな、と心中で、ひとりごちる。窓には底の知れない闇が貼り付いていて。普段賑わうリビングの静寂も相まって、夜が演出されている。大人になってしまうのならば、終わることのない歌があればいい。錆びた喉が回らなくなっても、歌い続けられたらいい。手持ち無沙汰にかまけて、エアコンの温度を、0.5℃、あげた。夜は寒いもののだと認識しているが、今日は幾分か温かい。かわいいルームウェアを抱きしめるように、ソファーのうえで膝を抱える。春が、来ているのだろうか。そういえば、昨日は雨が降っていた。雪じゃなくて雨かあ、とうらねは春を感じている。ハルは好きだ。正確に言えば、春も好きだ、なのだが。アサギで、3A8FB7で、初めて過ごす春である。どうなるだろうか。分からないけれど、楽しいだろうなとは容易に想像がついた。
そういえば、話は変わってしまうが、うらねに与えられた季節は〝夏〟である。適当なのか、意図してなのか、知らないけど、うらねの季節が夏であるとはうらねは未だ、思ったことがなかった。なら、どの季節ってわけでもないんだけど──────。寝つけないとかでなく、夜が好きで起きていた。夜の醍醐味ってこういうところじゃないだろうか。昼には考えない、取り留めのない思考を掬って、クサい言葉で語って。夏のイメージ。口にして、意識する間もなく浮かんでいた。同じ夏である、彼は、夏な気がするなあ。白い雲と、青い空と、ギラギラ眩しい太陽なんて共通認識とも言える夏の背景に、立たせたいと思うのはうらねにとって、貴方だけであった。

雨宮 響

夜であるにもかかわらず、昼間と変わらぬ部屋の明るさに、伏せていた頭をふと起こした。____頭を、伏せていた?何故だろうか。ボヤける視界を擦り、上半身を起こす時の、くしゃりと、紙にしわがよる気配に一気に意識が覚醒する。視線をゆっくりと下げて、頭を抱える。
「 …ッぐぅ、やってしまった……!! 」
シワがよったのは、学校課題の世界史のプリント。提出は明日。紙面の八割を占めるのは、白紙。どこからどう見ても絶望の2文字しか脳裏に浮かばない状態に、頭がズキズキ痛み始める………ような気がした。自身の体調管理にも隙のない彼は、余程のことがない限り体調を崩さないことをよく分かっている。ここからなんとか、徹夜で問題を解けば明日の授業までに間に合うだろうか。クラスメイトに答えを写させてもらおうかとも一瞬考えて、誰に向けてでもなく頭を振った。一瞬でも狡い手段を思いついてしまった自分を恥じて、ずっと同じ姿勢でいたせいか固まった身体を伸ばした。真っ白のプリントは、起きた反動で角の部分が折れ曲がっていた。涎の跡が無いことを確認して、自室のカーテンを閉める為に立ち上がる。窓から見える空は、遠いところまで薄い雲におおわれて、切れ間からは月が見えている。昨晩は雨が降っていたようだが、朝には止んでいたため、なんだか少し残念な気がしていたことを思い出す。存外、雨という天気は好きである。
「 雨音が響く夜……フフ、まさにオレにピッタリな夜!……ではないか? 」
なんて、誰に言うでもなく自身の名前を準えたギャグを言ってみたりして。先程まで薄暗く見えた空も、少し明るいものに見えたのはきっと気の所為。さて、さっさと課題を片付けようかと椅子に座った途端、愛用のひざ掛けがないことに気がついた。薄水色のそれは、いつか兄からプレゼントされたもので、自身にとって大切なものだった。特に寒いという訳では無いものの、普段使っているものが近くに無いのはかなり違和感があって。思い返せば、学校からこちらへと来て、すぐひざ掛けと劇団で使う台本だけを持って、リビングへと行ったような。
普段はしないような置き忘れのミスに若干の気恥ずかしさを感じつつも、すっかり眠気の覚めた今、覚えているうちに取りに行った方が良いだろうと決断して部屋を後にした。誰もいないことを祈って( これはここに住む人々が嫌いという訳ではなく、忘れ物をした挙句、課題の途中で寝こけてしまった自分を恥じているため、である。 )覗いたリビングは、まだまだ明るく、空調が効いていた。ソファを陣取る小さな体は、同じ夏の名前を背負う女の子だ。ここだけの話、彼女の少女的な感性や正確に触れると、年子の妹を思い出すので、よく印象に残っている。体育座りのまま動かない少女は、果たして眠っているのだろうか。眠っているのならば起こして、部屋に戻るよう促そうか。頼まれていないお節介を発揮しながら、静かにリビングへと足を踏み入れた。

瑜伽 心音

長針と短針は体を重ねた後、ピロートークもそこそこに離れていこうとしている。寝なきゃなあ、と呟いてはいたものの、少女の声色は深刻そうではなかった。LEDの人工的な明かりに包まれた部屋は、夜の海を漂う孤船のようで。夜の匂いが液体を思わせる濃密さで鼻腔に流れ込んでくる。冬の匂いとは、鼻が感じる寒さの記憶であると聞いたことがあるが、では夜の匂いの正体は何なのだろうか。検索しようかと、スマホに伸びかけた手を引っ込める。ブルーライト、と思うのは今更だろうか。まあ、気にしないよりマシだし。知らない方がロマンチックに思えるんじゃないかなって、なんかやめた。正体不明の何かにしておいたら、うらねは夜の匂いを寂しいものとして受け止められる。誰かが見られない、うつくしい夜の憧憬を見たら地獄に落ちた。凭れるとソファーは存外柔らかく体を受け止めた。
うらねの季節は夏であり、色は、なんか紫系の。馴染みのない名前だから忘れた。てか、漢字読めなかった。勝手にうらねの魂を染めんな、とひとりごちる。見た目の印象で決めてない?とは、直接社長に投げた問いである。最高の贈り物とか言われても、嬉しいか決めるのはうらねだし、うらねはまだそんなに価値を感じれてない。うらねのイメージカラーは紫にされることが多いが、それは好んでいれているカラコンだったり、インナーカラーだったりの印象に起因するものだろう。うらねは染まらない魂でありたい。それに、うらねを知らないアンタがうらねを測るな。参加前、うらねが先を言ったとき彼女はどうしていたっけ。怒ったりとか、笑顔と青筋を一緒に浮かべたり、なんだコイツって参加取り消されたりしなかったことだけ、なんか意外で覚えてる。大人はうらねを生意気だと言い、世間知らずだと鼻で笑う。だからなんだ。うらねは確かに世間を知らない、けど、世間だってうらねのことを知らない。今に見てろ、知らしめてやる。うらねを笑ったヤツ、顔も名前も覚えてるかんな。覚悟しとけ、は覚悟してるからこそ、口にできる。うらねは覚悟してるよ。
10代を音楽のために売り、その先の狂気も受け入れんとばかりに目を見開く。……うん、うん。大丈夫。闘志はしかりと、うらねの内側で温度を高めている。純度の高い青い炎は空に溶けて見えなくなってしまうだろうか。ぎゅ、と手を組む。うらねは燃えている。うらねは今持ちうる全てを、今のために燃やしている。そっと息を吐いて、ふっと力を抜く。幸せですかと問われたから、生きているからと答えてみせた。うらねはうらねとして生きれて、幸せだとはまだ、言えないけど。よかった、と思う。力んでも気を抜いても、うらねはうらねだというその事実が、いつまでもこれからも、なによりうらねを安心させる。
「あれ」
足音はなかった気がする。ガチャ、と音がしたら扉に視線を向けるのは、反射と言うか身についたそれで。春を飛ばして、夏が来た。緩慢に首を擡げて、視線を向ける。
「どしたの」
「明かり、気に触った?」
うんと言われたら、ごめんと言おう。珍しいと口にするほど、うらねは貴方を知らないけど。健康優良児っていうか、健全な生活リズムで生きてそうなイメージあったから、ほんの少し、意外ではあった。金糸が光を受けて、チカリとほのかな煌めきを落とす。あ、いいな。薄い唇にセンテンスを乗せ。緩く首を傾ける。──────おはよう、夏。こんばんは、男の子。

雨宮 響

ア・ミッドサマー・ナイツ・ドリーム。または、夏の夜の夢。ウィリアム・シェイクスピアが遺した喜劇は、次の公演で演じるものだった。自身の台詞に色をつけた台本を珍しくリビングで読んだのは、完全な気まぐれ。台本を置き忘れる訳にはいかないとしっかり掴んだそれの代わりに、まさかひざ掛けを置いてきてしまうとは。辛うじて着替えていた部屋着のまま、自身の開いた扉の音に顔を上げた少女に目を丸くした。どうやら眠っているわけではなかったようで、またもや自身の早とちりに気恥しさを感じるとともに、件の喜劇に登場する妖精を思い起こさせた。妖精王の命令を受け、自身の早とちりから混乱を引き起こすトリックスター。身軽に舞台を飛び回る姿は、まさに流星のようだった。
「 おは____、ではないな、こんばんは。実は、少し忘れ物をしていたことに気がついて、それを取りに来た 」
そこそこな広さのリビングに1人座る少女は、緩慢に首を傾げた。両親と、歳の離れた兄による教育からか、挨拶は欠かさなかった。夜中だからか、抑え気味の声で挨拶をして、少しソファの辺りを見渡した。
「 いや、大丈夫だ 」
部屋の明かりについて訊ねる少女に簡単に返事を返して、視界の隅に写りこんだ空色に手を伸ばす。ソファの角に引っかかっていたそれを掴み、手に持って少女の横に座り込んだ。
「 オレが言えたことではないが……。瑜伽はこんな時間まで起きていても大丈夫なのか? 」
発言は全て自分の元へとブーメランとして返ってくるものの、そう訊ねない訳にもいかなかった。肌荒れがなんだ、と慌ただしく早くに就寝していた妹を思い出す。こんな夜中まで起きているなんて、なにか眠れない訳でもあったのだろうか。それとも、夜が好きなだけか。まだまだ出会って日の浅い今、どちらが理由か皆目見当もつかずに首を捻った。冬が終わったとはいえ、まだまだ春も頭だ。空調が効いているとはいえ、あまり身体を冷やすのは良くないだろう。
「 まだ夜は冷えるからな、寒かったら使ってくれ 」
手渡したのは、忘れていったそれ。実家で何だかんだ妹に私物を持っていかれたり、寒いからとひざ掛けやタオルケットをひったくられた経験からか、先手を打つようにそれを差し出した。差し出した後に、ふと我に返って慌てて声を出した。これではまるで、距離感の掴めていない軽薄な男ではないか?自分をばかにしたように笑う妹の姿を見て、脳裏に浮かんだそれを打ち消した。
「 ああ!いや、すまない、いつもの癖で……。洗濯したばかりだから汚くはないと思うが… 」
モゴモゴと口ごもるような、ズレた言い訳。すっかり課題のことを忘れきった頭は、どうやってこの行動を無かったことにしようか考え始めている。