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 オーディション企画

時雨 × 朽宮 ( 3/9 ~ )

朽宮 満

( 高校時代は それなりに楽しかった ... と思う )
長い髪を耳にかけて 完全に冷え始めたホールの床に座り込んだ 。
( 今が楽しくないわけじゃないけれど )
足を身体に引き寄せて抱え込んでは 、目を閉じて昼間のこの場所を思い返す 。白熱した演技に 常に鳴り響くハイヒール 、突き抜けるような歌声 。
( 少しだけ 思い出してしまった )
とある強豪演劇部の裏方として動き続けた3年間 。その淡く色褪せてしまった思いでは 今もなお心臓の片隅で弱々しくきらめき 、“ 私 ” をかたちづくる要素の1つなのではないかと思う 。別に 人が嫌いなわけじゃない 。私と同目線を騙っているヤツがキライ 。私の下から這い上がろうと無様にじたばたするヤツがキライ 。あの3年間はそんなヤツらばかりだったような気がする 。見栄と自己犠牲 、そして利己的な自愛 。それはまだいつまでも “ 学生の部活 ” として楽しめていた時だけの話で 。今このアサギに収集されたメンバーたちは 、そんな私の過去とは比べ物にならないくらいの実力がある 。だからこそ 、記憶の中にすがってしまう時もあってしまうものであって 。けれど 、そんな完全なる過去と今現在をつなぐパイプラインのような存在が1人 、ここにはいる 。
( 時雨 巽 。つくづくムカつくヤツ )
高校時代 、たしか1年上の学年で 一躍名を馳せた人物である 。一方的に知っているだけなのだが 、あの “ 天性 ” と言っても良いような邁進足りうる情熱と 、伴ってしまった才 。努力なんて知らない 、みたいなスカした態度がもっとムカつくのよ 。でも実力が目につくのは ... それはそう 。私が認めてるくらいには 。顔を上げてふと立ち上がる 。薄暗いホールをもう1度見渡して 、最後に備え付けの時計を確認した 。ぼんやりとした針の面影は私に正確な時刻を知らせることはなく 、仕方なく腕時計に目を落とした 。午後11時過ぎ 。日付が変わる前の空は 、東京を彷彿とさせる靄がかった空ではなくて 。
( あぁ 、明日は晴れるのだろうか )
ぽっかりとした月が こちらを覗くように思えて気まずいような 。窓辺からはふっと視線を外した 。

時雨 巽

( 僕はいつから、『悪役』が好きになったのだろうか ) 
夜も更け、静まり返った午後11時。騒々しい昼との差に圧倒される一方で、この不思議な空気感が、珍しくも過去を振り返る時間を与えてくれたのだった。 それは数年前に遡る、はり詰めた緊張感と息を呑むようなパフォーマンスにはっとさせられた日。集まった人々の群れの中に、彼女__朽宮満は居たのだったか。
( まったく気にも留めていなかったはずなのだけれど。……きみのような人間が傍に居れば、僕も何か変わったのかもしれない ) 
具体的に何が、と問われては言葉に詰まるものだ。努力を積み重ねてきたきみから得るものはあるのかもしれないが__今の僕に必要だとは思えない。ぼんやりと窓の隙間から射し込む月光は、蒼白く僕の頬を照らしている。眠気も誘われぬまま、暫くこうしていたのかと思うと少し恐ろしい。自分の部屋の前で、ただぼうっと立ち尽くしていただけだった。
「……行くか」
暗闇の中、足音を立てぬようにと歩いてゆく。向かう先はホール、こんな夜は完璧な僕を思い浮かべて何もかも忘れてしまおうと思った次第である。 だからこそ__きみの存在を見つけた時には本当に驚いたのだ。喉は震わずとも、ギュッと拳を握るくらいには。
「……こんな夜中に何をしているのかね。早く寝たらどうだい」
そっちこそ、と言われてしまうだろうか。ライトはつけずそのままに、僕はきみへと語り掛ける。きっと、イエローがかった照明は僕らには眩しすぎるだろうから。ブルーな光を求めて、窓辺に頬杖でもついていればいい。

朽宮 満

運が良いのか悪いのか 。タイミングバッチリ 。とでも言うかのように 、忌々しく思う彼の存在を表す声がどこか現実味を帯びていないようで 。早く寝たらどうだい 、だなんてわかってない 、私は夜型なのよ 。
「 ... いつ寝ようが勝手じゃない 。というか ... アンタには言われたくない 」
ふぅ ー っと 、ため息のような 深呼吸の事前動作のような息をついては 、声のする方向に身体も向けず答えた 。今は眩しい現実を突きつけられるようなアンタの存在だけで充分なのだから 、煌々とさんざめくライトの光がないのは有り難かった 。そして今 、完全に思い出してしまったのだった 。あの頃のパフォーマンスを 。正義に訴えかけるその純度の高い涙と叫びを 。ぐ 、と一瞬の隙に背を向けたまま下唇を噛み締めては 、戻す 。張り付けたような仏頂面に 。そしてクルリと振り返った 。ふんわりと香るのは髪の毛のホワイトムスク 。深夜だとは言え なぜか部屋着でなはなく 普段着のまま部屋から出てきたことに今一度安堵しながら 、そのスカートの裾をひらめかせて振り返る 。眼前には予想した通りの気にくわない顔が立っていた。
「 ___ なにをしているのかと言われたら 、ロマンチックに月を見てた ... ってところ 」
我ながら恥ずかしい台詞 。でもあなたを馬鹿にしてみたくて 。あなたの瞳には月明かりを背に向けて 、揺らめく髪を抑える様子はどのように映るのだろうか 。いつか観た映画のワンシーンみたいな光景でも 私がとなると話はちがうのだと 。専門外だとはいえそんなことを分かり知らしめることになるのがなんだか気に障って 、直ぐ様アンタからは目を反らしたのだけど 。こんなワンシーン 、アンタならどんな風に演じるのだろう 。私にはできない微笑を称えて ミステリアスに空気を醸すのだろうか 。それともあのとき演じた『 悪役 』のように悲痛な叫びを介しながら崩れ落ちるのだろうか 。
( どっちにしても絵になるのだから やっぱりムカつく )
自身の戯れである想像 、もとい妄想にさえも苛付きが生じるのが なんだか可笑しかった 。  

時雨 巽

僕の気遣いは残念ながら杞憂に終わり、ただ更に深く眉に皺が刻まれたのであった。彼女の声はちくちくと尖った針のような可愛らしさなんてものはどこにもなく、立派なナイフのように鋭い刃と即効性の高い毒がそこにあるだけ。
「……フン。僕はきみの体を思って言っただけだ。好きにしたまえ」
鼻を擽る匂いに顔を歪め、腕を組んできみの背中を睨みつける。ふわりと靡く髪、フリルが揺れ、ふたつのルビーが埋められた瞳。彼女が此方を向いたのだと分かり、僕は相変わらず小さく溜め息を吐きながら其方を見つめ返していた。今のきみは、__まるで『演者』のようで、無意識にも僕は見とれていたのである。
「……つまり、暇ということだろう?それなら僕に付き合え。腕を伸ばしても届かない月なんかに見とれるより、目の前にいる僕に力を貸した方がいいだろう」ロマンチックの欠片もない言葉、さて恥ずかしいのはどちらかな。此方からすぐに目を反らすきみとは違って、僕はこの目の前の女性の振る舞いを一秒たりとも目を離すことなく捉えている。後ろめたいことなど何もないから。きみはこの自慢に溢れた瞳が嫌いだろう、でも僕は趣味が悪いから__向けてしまう。
( いずれトップに立つ男だからね、僕は弱気ではいられないんだよ ) 
時雨巽とは、そういう男であった。

朽宮 満

「 あらそう 、ご心配どうもありがとう 」
振り返ってみてから改めて彼の全身に改めて目をやっては 、腕を組んで 顔を歪めた様子にまたしても唇を噛み締めそうになってしまう 。しかしそれは 、声にありったけの嫌味を込めて返してやることでなんとか留まったのだった 。どれだけ俗っぽい言い回しが伝わらなそうな彼であっても嫌でもわかるほど大袈裟に言ってみせれば 、少しだけすっとしたような気がしてしまったのが気まずかった 。小さい溜め息と共に 見つめ返される彼の瞳が放つ視線を固く指し合わせる金属みたくかち合わせては 、心底その真っ直ぐさが憎たらしく思えてきてしまった 。でもその憎たらしさにどこか非現実的な耽美さを感じてしまったのか 、その瞳を外すことはできずにいたのだった 。
「 ... 暇 、なんて言い方に気を付けなさいよ 。別に月が欲しかったわけじゃないけれど 、時雨 巽には興味がある 。」
素直にいいよ 、なんて私には言えるはずもなく 、キザな言葉をつらつらと並べ立てる彼に 私としては “ yes ” の旨を遠回しに告げた 。先程私が口にした “ ロマンチック ” も彼にかかれば一瞬でねじ伏せられてしまったことなのだから 、いくら演者を見てきていようが私は俳優なんかではないのだと改めて思い知らされた 。またしてもくるりと振り返り 、出窓の空いた空間に腰かけた 。あんたも座ればどうなの 、なんて不器用に言うみたいに 伸ばした足を少し寄せて 隣に空間をあけた 。

時雨 巽

「勘違いしないでくれよ。床に転がっていられると困るのは僕だから、声を掛けたまでのことだ」
これは褒められたことによる照れ隠し、などという可愛らしいものでは決してない。甘美なソプラノが紡ぐ言葉は、僕を刺し殺さんと向かう剣のようでありながら、彼女をショウケースの中に飾り守る盾であるように思える。( まるで芸術品のようだ。彼女も、『才能』があればステージで美しく舞えるだろうに__ ) 他人へ情けをかけるなど、僕らしくもない。そんな可笑しな思考は、あまりにも完璧に嵌まった其れによって遮断される。憎しみの込められた視線に対して、僕は罰の悪い表情を浮かべ、逃げるようにダークブラウンを彷徨わせた。
「時間を持て余していることに変わりはないだろう。……” 
今の ”僕に興味があるとは、きみは相当物好きのようだね。」後半になるにつれ細くなっていく声と、自嘲を含んだ微笑み。月光を背に仏頂面を晒すきみとは異なり、まるで演じているみたいに__『春』らしい色を漂わせ、穏やかに呼吸をする。実際、僕は悪役になったような気分でいた。これは何かの予行練習、完璧ではない時雨巽の演技。醜態を晒すなど言語道断、頑なに他人に見せることのなかった中途半端を今目の前の彼女に披露できるのは、少なからず朽宮満が『プロデューサー』という立ち位置にあること、そして過去の僕を知る数少ない人間であるということが関連している。ワン、ツーと落ち着いたステップを踏んできみの隣に腰を下ろし、暫く思慮を巡らして、やっとのことで沈黙を切り裂いた。
「僕の演技、率直にどう思う?」
赤の他人に教えを請うほどに、行き詰まっていたのだった。