universe production主催 
 オーディション企画

天下井 × 雨宮 ( 3/9 ~ )

天下井 良弥

ふとした時に目が醒めたら、見慣れた実家の天井が見えるんじゃないか。そんな疑心暗鬼の午後三時、狗尾草は活気溢れる廊下で一人揺れていた。何だかんだアサギに召集されてから課題を伝えられて、チームに配属されて、ええと。兎に角色々あった。人生で初めてといってもいいような、他ならぬ音楽に打ちのめされてしまった合同練習も今は昔。大見えを切った割に定期的に創作の電池が切れそうになることはあるけれど、何とか踏ん張ってやっていこうと思えるようになっている。その為に今日も、インスピレーション(という名の、うまい話)を探しに西へ東へ、安物のスタンドアロン・キーボードを背負って歩いていく。チーム内で指摘をしあうのにも、大分慣れてきた。秋暮では最年少というあまり経験したことのないポジションで、変に気を遣おうとすれば空回るし、自然体でいることの大切さを学びつつある。彼等のような大人になれる日が、いつか俺にも来るのだろうか。いつか、誰かのロールモデルになれるような、立派な人に。なんて、一人っ子の空想癖。
悪いもので、一度没頭しているとぼうと外のことに意識が回らなくなるものだ。気が付けば見慣れたチームの面々が屯する部屋の付近からは外れ、別のチームの部屋の近くまでやってきていたようだった。勝手に彷徨いていたら、怒られてしまうかもしれない。ただでさえセンシティブなオーディションという企画でのライバル同士なのに。真っ先に頭に浮かんだのはそんな懸念と伝う冷や汗の感覚だった。けれど同時に湧いたのは他でもない好奇心。此処は確か夏沈の面々の部屋だったかな、どんな風に彼等はアサギで過ごしているのだろう。そんな興味に一度囚われれば、ソワソワとした胸が収まらない。
「 一人だけ、一人だけ捕まえられないかね …… 」 
そう、これは …… マネージャー様が言っていた、『 情報収集 』という立派な活動なのだからと、ひっそりと言い訳をして。

雨宮 響

実家から持ち込んだ全身が映るサイズの大きい姿見は、今日も掃除の甲斐あってか曇りひとつなかった。そこに映る自分自身も、快晴のような笑顔を浮かべている。頭のてっぺんから爪の先まで、完璧に磨きあげられた容姿は夢への架け橋。綺麗に整えた衣服や髪型は、今日も完璧。端々がよれたいくつかの台本と、志と夢を抱えて飛び込んだアサギは毎日が刺激と新鮮味に溢れていた。いつだって前向きなことが自慢だった少年は、周囲の手強さすら次なる挑戦への楽しみへと変える。
( 〝 逆境が人に与える教訓ほどうるわしいものはない 〟……か! )
まさにその通りである。いつかの日に読んだ戯曲。〝 お気に召すまま 〟はセリフ回しが印象的な、気持のいいハッピーエンドだった。どちらかというとハッピーエンドが好きな質である雨宮は、読むものもハッピーエンドばかりである。__悪役だけが救われないハッピーエンドは、やや胸にもやがかかる心地がするけれど。鏡の中の自分にもう一度笑いかけて、さて今日はどうしようかと扉を開けて、狭い部屋から広い世界へと足を踏み出した。これは心境的なものであり、踏み込んだ先は学校を改装した廊下であるので、広すぎるという訳ではないのだけど。ふと見えた影は貴方のもの。密かに応援していたアーティストを遠くに認めると目を丸くして、静かに息を吸って、静かに自室に引っ込んだ。遠くから見ていた存在が近くにいる現実を受け入れきれない動悸、そもそも、彼は何故こんな所にいるのだろうか?ワアワアと1人慌ただしい脳内は、マトモな判断すら下せない。
( と、とりあえず夏沈の誰かに伝言かもしれないし____だったらオレが預かった方が、いい、よな? )
違っていたら違っていたで、その時はどうにか話を変えればいい。よし、ともう一度深く息を吸って自身の頬を軽く叩いて、今度こそ先程より重たく感じるドアを開けた。

天下井 良弥

右往左往、彷徨う視線と無人の廊下。伸るか反るかとやって来たが、矢張りこうも動きがないと何だか戻った方が良いような気がしないでもない。無意識の内にカウンターを食いながら、矢張り省エネを曲げて自分から飛び込みに行くなど無謀だったかと背を丸め床を見る。不安げな胸をくしゃりとセーター越しに撫で、そろそろと帰路に着くことを決める。しかしそんな折、下向いた自分より少し先。キイ、パタンと何かが開いては閉まったような音に顔が上がる。何か聞こえた気がしたが、何もない。いやしかし、確かに聞こえた。腐っても音を生業にしようとしている自分の耳がおかしくなったとは思いたくない。何なら、超常現象的なものならもっと嫌だ。
「 も、もしかして密偵の俺に呪いをかけようとしてる …… ? とか? い、いや、流石に令和のこの時代にそんな黒魔術なんてそんな ……. 」 
ないよな? 別の意味で冷や汗が背を伝いそうになる。矢っ張りさっさとお暇しよう。そうだ、それがいい。此処なんか気の所為か寒い気がするし。自分自身のプラセボを否定する間も無く、廻めく自動思考により導き出された結論にグッと力強く頷いた。よし、帰ろう。そう一歩を踏み出そうとした瞬間、先程の位置にあった扉がしっかりと開かれた。瞬間、固定される姿勢。脳裏に浮かぶのは、いつか見たホラー映画の一幕 …… なんて、短い走馬灯を経験する間も無く、氷解は訪れる。
「 あ、ああ …… ええと、 こんにちは …… ?」 
現れたのは、映画は映画でも活劇ものに出そうな若人。夏沈の俳優志望の彼だった。勝手に乱高下する心臓の鼓動とは裏腹に、安堵の息とへらりとした笑みが顔に浮かぶ。取り敢えず挨拶から、と口にした言葉が震えているなんてのは、これも矢っ張り気のせいだ。

雨宮 響

「 こ、こんにちは! 」
何事においても挨拶は重要であると教えた父は、大きくてよく響く声で笑っていた。聞きやすいその声は好きだったけれども、それを受け継いでしまっている自分の声は、静かな廊下によく響いた。
( …………や、やってしまった…………!!?か……!? )
相手から投げかけられた挨拶に無言を返す訳にもいかず、いつものように大きい声で明るい挨拶を返してしまう。しかし、口からとび出たものはもう戻せない、ので。他人受けのいい明るい笑みを浮かべて、どうにか小さなヤラカシを相殺できないものかと試みてみようか。後ろ手に自室の扉を閉めて、貴方の背負うキーボードを見る。それは幾度か路上で見かけたことのあるものと形状が似ているような気がして、嬉しさと気恥しさが綯い交ぜになったような、複雑な気持ちになった。舞台上でも滅多に緊張しないはずの雨宮だが、なんだか貴方を前にするとひどく鼓動が早くなる。そして、人はそれをオタクと呼ぶのだ。
( ___ええい!こんなのオレらしくもない! )
目をぎゅっと力強く瞑って、もう一度前を見据え直すそれは、あなたにはどう映るか。
「 その、なにか伝言でしょうか?オレで良ければ同じチームメンバーですし、伝言お預かりしますけど…… 」
さて、本来の目的を忘れる前に、それを聞いておかなければならない。なんと言っても、オレは忘れっぽいところがあるようなので。そういえばメモ帳はポケットに入っていなかったな。やや気は引けるが、何かあるようなら一言断って、スマートフォンのメモ帳にメモをさせてもらおう。やや首を傾げるようにしながら問う姿は、実年齢より幼く見える。先程まで挙動不審な様を見せていた姿からはかけ離れたそれは、ある意味演技をしている最中なのかもしれない。

天下井 良弥

廊下に響き渡った声は、そこらのボーカルなんて目じゃないとでも言いたげな程澄んだもの。けれど何処か緊張を感じるのは何故だろう。何かを決意したかのように一度瞳を閉じ、真っ直ぐ此方を向き直す彼を見ていると、不思議と胸が暖かくなるような、さながら微笑ましいと形容するのが最も正しいようなそんな柔らかな心情。取り繕った笑顔が自然なものに置き換わるまで、そう時間はかからなかった。
「 ふ、はは。ええっと …… 用っていう用があるわけじゃあなかったんだ。考え事と散歩で、気付いたら此処に来ていて …… 少し、君たちの様子が気になっちゃって 」 
だから、伝言とは真反対。お忍びというやつだよ、なんて肩を竦めたまま、唇に人差し指をあてた。乾燥を気にして市販のリップクリームを思い出したときにつける程度の手入れにしては、ささくれ立ったところもない便利な身体に今は少し感謝した。彼のように完成された美しさを前にすると、少しの粗であっても癌のように感じることだろう。しかしそれを表立って感じさせないのは、この雨宮という青年の持つ輝きが暖かい物だからだ。それは彼の人柄でもあり、そして細やかに幼さを見出し感じられる所作でもあった。
「 此処で始めに会った子と話をしたいと思って、こっそり待っていたんだけれど …… まあ、俺みたいな野暮ったい奴相手で良ければなんだけれどね? どうかな。少し休憩がてら、話でも 」 
駄目で元々、折角こうして望んでいた第一村人ならぬ第一練習生に接触をはかれたわけだし。それに俺としても、チームの皆や自分自身の為にもっと知識をつけたいところ。多少のギブアンドテイクには目を瞑って、交友関係を広げることにバチは当たらないだろうし。そう少しの目論見と殆どの気まぐれにより繰り出された提案が目の前の彼にどう映るかなど気にせず、もさりとした頭を掻きながら返すように首を傾げてみせた。

雨宮 響

お忍び、だなんて肩を竦めて言う相手を前に、大きな目を丸くした。
「 お、お忍び…… 」
それなりに長い間大人の多い劇団に所属していて、周囲の友人よりもやや大人びていると形容されるような雨宮であるが、いかにも芸能人である、というような言葉に、少し瞳を輝かせた。いつか自分も、そんな言葉の似合うような大スターになることは出来るのだろうか。
( ____なれるか、じゃないな。なるんだ、絶対に )
アサギにきてから、目指す夢について考える機会が増えたように感じる。それはきっといい傾向で、同じような目標を目指す人々とのしのぎの削り合いというのは、こういう事なのだろう。そして、貴方からの提案には素直に首を縦に振って。
「 もちろん!オレもいい勉強になります! 」
パッと明るい笑顔をうかべた高校生は、きっと能天気にすら見える。密かに憧れていた人と話せる機会に、実は少し浮かれていたのはまだ誰にも言えない。さて、せっかく別の世界で夢を追いかける人と話す機会を得たはいいものの、さすがにずっと廊下で話すわけにもいかない。
「 廊下で話すのもなんですし、どこかに移動しましょうか 」
共有スペースでもいいし、1番の近場なら、自分の部屋を使用してもいい。あくまでも最終判断はあなたに委ねよう、という姿勢のまま、からりとした笑みを浮かべた。

天下井 良弥

昼下がりの廊下で、生まれて人の瞳が輝くという瞬間を目の当たりにした。純粋という言葉があるが、まさか現実世界でそんな言葉を体現するような人間が現れる日が来るとは。八割の心配、そして二割の照れ臭さから誤魔化すように何の気無しに目線をずらすが、中々慣れないその表情が脳裏に焼き付いて離れない。純然たる憧憬というのは、時として毒牙となるものだと、誰に言うでもなく苦笑した。 その間にも、目の前の彼は笑みを浮かべて誘いに肯の意を示す。節々から溢れ出る自信は、此処に来る前の自分にあったような的外れな物ではない。しっかりと己と進べき道を見据えた、凛とした意思の賜物だ。その輝きを発する根源を理解することが出来れば、今の自分にはない表現を掴むことが出来るかもしれない。漠然と言われてしまえばそれまでだが、何処か予感めいた直感に従うまま、隠すことなく笑顔を見せた。
「 良かった。俺、芸能の彼是には本当に疎いから。 色々教えてくれると嬉しいよ 」
アサギに来て真っ先に感じたのは、己の『経験値』不足だった。アーティストとして成功するには、ただ単に音楽的才能・センスが必要なだけではない。出来上がった楽曲を届ける為には人脈がいる。楽曲を商業的に成功させる為には金がいる。自らに価値をつけなければ、そもそも消費者は楽曲にまで手を伸ばさない。とどのつまり、ただの曲作り屋としての『アーティスト』の側面を伸ばしても意味がないのだということ。率直に言って、俺が数日で身につけるには到底無理な話といえそうな外交的技術の数々がこの企画のアーティストには求められていた。少なからず、俺はそういった文脈を読み取っていた。だからこそ折れそうになっていたのだけれど。そういうわけにもいかなくなった以上弱音は吐いていられない。今までやってこなかったツケなのだ。ツケというのは、払わなければ溜まり続けるものなのだ。なら、さっさと満額返済して黒字に近づけるために一分一秒だって惜しいくらい。今の俺には、効率的に知識を、広すぎる芸能界を知るために手段を選んでいる暇などないのだから。
「 そうだね …… 流石に俺が誘ったんだし、俺の部屋でもてなすのが筋って感じもしないでもないけれど。 それに、団子がまだ残ってるし 」
そこまで話を進めて、そういえば、と自分たちが立っているのが他でもないただの廊下という寛ぐには窮屈な場所であることを思い出した。彼は何処でも構わないとでも言いたげな顔をしているが、急にやってきた来客を受け入れるのもあまり気分が良いものでもないだろう。見られて困るものがあるような人柄というようにも思えないが、それとこれとは別問題。あくまで礼儀として、一応の選択肢は提示しておくべきだろうと口述。ついでに、甘味も取れる点として休憩するには悪くないと思ったり。